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大川家具の歴史と、榎津指物の起こり

江戸時代後期の幕末の頃の大川、榎津指物は舟大工の高度な技術力が基本になって、進歩していった為に、質素な表向きと堅固で板厚みも出来るだけ厚く仕上げ、頑丈な作りが好まれました。又、和服もお洒落着が流行して華やかな男女の着物が定着していました。

ところが、九州での気候は高温多湿な為に大切な着物にカビが生えてしまう為に、どうしても桐箪笥が必要でした。

この為早くから大川では桐箪笥が独自の技法で作られていました。

この頃の田ノ上初太郎(二代目嘉作)製作の、現在も残っている桐箪笥の作りを見てみると、大正、昭和初期に造られた桐箪笥と同じ技法になっている…。

大川独特の桐箪笥 は胴板(ガケ板)と棚板の組み手に前蟻組と後蟻組が使われている事が他国と違う手法になっているのである。

この事から大川の桐箪笥は他国の影響を余り受けずに進化したと考えられる…。

又、箪笥の呼び名も幅6尺の箪笥を一間物、幅5尺は八合物と呼び、3尺巾は五合物とよんでいた。

この頃の大川で、榎津指物で製作された物は桐の箱物各種、桐箪笥、桐の手あぶり火鉢(角形)、三味線箱や書棚、飾り棚、文箱、文机、座鏡台、座卓、帳ダンス、手元箪笥等、背が低いものが主に造られていました…。

 

ーーー後に続くーーー

 


2018-11-22

大川家具の歴史の写真


2018-10-28

大川家具の歴史と、榎津指物の起こり

ーーー前の投稿の続きーーー

 

大川家具の歴史と、榎津指物の起こりー

江戸時代後期の幕末には、大川の榎津指物は港の繁栄に伴い、需要が増えていました。  

榎津指物は舟大工の技術が基本に進歩していった為に、質素な表向きと堅固で板厚も厚くて頑丈な作りが好まれました…。

大川家具の原点は桐箪笥であるが、この時代に作られた田ノ上初太郎(2代目嘉作)の造りを見ると、明治、大正時代に作られた桐たんすと同じ技法になっている…。大川独特の造りの桐箪笥はガケ板と棚板の継ぎ手に、前蟻組みと後蟻組みが使われているところが、他国と違う手法になっているのである。この事から大川の桐箪笥は他国の影響を全く受けずに進化したと考えられる…。

この頃、大川で製作されていた榎津指物は、桐の箱物(桐と杉が併用されていた)、帳箪笥(欅や杉)、桐箪笥(前桐、三方桐、四方桐、総桐に分けられて製作されていた)、長持ち(杉、松、モミ、桐)、手あぶり火鉢(桐の箱型)、三味線箱、刀箪笥、衣行、手元箪笥、文箱、文机座鏡台等がありました…。

ーーー後に続くーーー

 


2018-10-28

大川家具の歴史と、榎津指物の起こり

ーーー前の投稿の続きーーー

ー大川家具の歴史と、榎津指物の起こりー

江戸時代後期になると大川には舟大工100名、榎津指物の流れを汲んだ指物師80名が腕を競って、木造船や、建物、建具、組子、欄間彫刻、そして家具調度品を製作していました。

この頃田ノ上嘉作が文化9年[1812年]に榎津長町に生まれました。

彼は職人として修行を積みますが、は18歳の頃、大阪で指物の細工を学んだ、優秀な指物師が久留米にいると聞き、直ぐに弟子入りをした。その技術を学んで大川に持ち帰り、今までの榎津指物に箱物技術を加えて新しい箱物家具を作り始めました…。

この技法は子の儀助、更に孫の小平次へと伝承されました。これが榎津箱物の始まりと言われています…。

更に、嘉作の死後、もう1人の孫に当たる田ノ上初太郎が家業を継ぎ、16歳で嘉作の名を名乗るまでになった、彼は長崎の唐木指物の細工技やオランダ家具の技法を学び、榎津指物に新しいこれらの技法をとりいれて榎津指物をさらに確かなものにしていった。

小降りの桐たんすも作ったようで、大牟田の『T氏』宅にこの2代目嘉作の桐箪笥がげんざいも残っている。

又、嘉永6年大川で創作された製作年号入りの桐たんすが、大川市の管理のもと、学術調査を行った後、保存されている。

 

ーーー後に続くーーー


2018-10-27

大川家具の歴史と、榎津指物の起こり

  • 榎津久米之助は安土桃山時代の天正10年[1.582年]8月10日、96歳で
  • 死去した。
  • その後、家臣達は榎津久米之助の精神を受け継いで、榎津指物を製作して(調度品や家具、収納箱、武将箪笥等々)、立派に工商を成していきました。

主に使用した木材は、主に桐の木や杉、檜、もみ、他雑木類であった。

 

又、天正17年[1589年]天草の志岐一族は加藤清正によって滅ぼされた志岐城を明け渡し、志岐経長は弟の経弘、他郎党数名を伴い、島原湾、有明海を北上しました…。

そして筑後川の左岸の大川榎津の願連寺の開祖、故榎津久米之助(僧名ー善明)を頼って移住しました…。

経弘(又兵衛の父)と久米之助は、生前より旧知の仲で、同じ武家ということで昵懇の間柄だったのです…。

 

志岐経長一族は苦労しながらも、久米之助の家臣達の協力も得ながら、花宗川のほとり(庄分)に定住する事が出来ました。

当時の柳川藩主、立花宗茂は志岐一族が持っている高度な造船技術力を活用して、大きな木造船や家屋の建造に取り組み、かたや建具や調度品や武将箪笥、籠等を作らせました…。

使用されてた木材は主に桐、杉、檜、竹だった。

この様に海洋族である志岐一族が、榎津の庄分に移り住んだことによって造船技術力の更なる高度化や屋大工や建具そして榎津指物の発展に繋がっていきました。

 

江戸時代になると、大川は筑後川水運と有明海航路を結ぶ要港として栄えていきます…。

又、江戸時代の大工(基本的には半農半工であった)は、屋大工の傍ら建具も作り、家具調度品や武将物等も作っていました。

その腕利きの大工の中で、意欲のある者が他国の指物師に弟子入りしてその技術を習得して大川に持ち帰り、今までの榎津指物に新しい指物技術を取り入れる者が現れて、榎津指物を確かなものにしていった。

 

江戸時代後期になると ーー後に続くー


2018-10-26

大川家具の歴史と、榎津指物の起こり

大川家具の原点ーー榎津指物ーー

日本で言う「指物」の名の由来については、諸説あるが、ほぞや継ぎ手によって材を組む事を「指す」といい、又「物指し」を用いる細工をするからとも言われている。

指物の技術者を指物師と呼ぶ。

 

日本の木工の中の指物は、平安時代の宮廷文化が花開いた京都が発祥の地と言われています…。以来全国から職人達がこの技法を学ぶために各地から集まり、習得した技術を全国各地に広めてきました。

室町時代[1.336年~1573年]に起こった京指物は宮廷内で使用する為に、優雅で上品な外観重視の造りになり、板厚も出来るだけ薄くして、宮廷好みの、品の良い仕上がりが京指物の原点になります。

これに対して江戸指物[1650~]は徳川幕府が江戸中心に文化の発展を図った事で始まりました。

造りも堅固で粋な江戸気質を表現した製品でした…。

 

さて大川の榎津指物は[1.536年]室町時代後期に榎津久米之助によって始められたと記載されています。

室町時代後期の戦国時代、室町幕府十二代将軍、足利義晴の家臣、榎津遠江守の弟として、1.486年に生まれた榎津久米之助。

大川市榎津本町の願連寺に今も残る古文書によると、彼は兄の戦死後、天文4年[1.535年]に出家…。翌年天文5年[1.536年]に49才で大川(筑後国)へ家臣と共にやって来て、一寺を健立し、「願連寺」と名付けた…。

 

その頃の大川は有明海から筑後川の干満の差を利用した、木造船の往来が容易であった為に、大川の港は繁栄し多くの物資の集積地となり、海上輸送が盛んに行われていた。木造船の製作には多くの熟練した舟大工がおり、その技術を継承していた。

その材料は、筑後川を利用して川上の山林から筏を組んで、大川迄流して運搬しており、川下の大川は豊富な木材の集積地であり、港が栄える事で大川は筑後平野の物資の集積地でもありました。

 

榎津久米之助は、家臣や弟子達の生活の為に、この地の豊かな木材と高度な技術を持つ舟大工達の技をまなばせ、指物(家具)を作らせました…。

これが『榎津指物』の起こりとされています。

 

ーーーー後に続くーーー

 

 


2018-10-25

桐たんすの桐里工房は10/6(土)も営業中です

明日の10/6(土)は、台風25

号が大川に再接近します‼️…。

でも、桐里工房のショールーム『桐蔵』とinteriorcafe『えすぷりっと』は営業します。‼️…。

 

大川に来られたら、お寄りください。6時まで営業していますよ。

 


2018-10-05

大川家具のFF展



2018-10-04

焼桐のベッド

府中ISETANにて桐里工房展が開催中ですが。

今日、府中の『N様』から嬉しいお言葉を頂きました。

 

今から15年ほど前に、ここでお買い求め頂きました、焼桐のベッドですが、15年の間、毎日ご使用頂いております。

 

お客様からの、嬉しいお言葉です…。

 

「毎日愛用しておりますが、本当に桐の感覚が、温かくて眠りも深くなり疲れがとれます…。

お陰さまで、冬はとっても温かくて、夏場は蒸れずにサッパリとしてて、何よりもダニがすっかりいなくなりました…。

今まで買った品物の中で一番良い買い物でしたね、こんなに良いベッドはありませんよ。

次は孫達が使いたいと言ってますので、本当にお得で最高のベッドですね。一番の買い物させて頂きました。

有り難う御座いました…。」との嬉しい感想を頂きました。

15年前は65歳の時でしたが、今でも元気にハツラツとされてて、伊勢丹にもお出掛け頂いています…。

今日はこんなに嬉しいお言葉をいただき、感謝感激の一日でした…。

 


2018-09-16

大川家具の詩

火野葦平作ー『大川家具の詩』ー

       昭和三一年   八月二十日  あしへい

 

筑後のながれ、ひろびろと—。

 

若津の岸を洗うとき…。

 

河童ありて、カンナとり

板を削って、精だして…。

タンス、鏡台、はた建具…。

家具は何でも、ござんなれ…。

 

大川の街、家具の街…。

木工こそは、日本いち

 


2018-09-14

桐里工房へのお問い合わせ・サンプル・資料請求

《お願い》
・製品の仕様は製品改良のために予告なく変更することがありますのでご承知ください。
・カタログに掲載されている製品の色調が実物と多少異なる場合がありますので予めご了承ください。

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